2001/10
  シドニーステイ

 
10/28 シドニー出発、日本帰国
モスマン
 やはり目覚まし時計無しでは起きることは出来無かった。姉に午前5時半過ぎに叩き起こされる。眠い目を擦りながら、出発の準備をする。

 モスマンの家を出たのが6時30分過ぎ。帰国便のQF59便はシドニーを9時10分に発つので、空港にはその2時間前の7時10分に着いていれば十分である。
 この日は日曜日だったので道路の渋滞も無いのでスムーズに車を走らせることが出来る筈だが、唯一不安だったのがこの日に開催されるシドニーマラソンのことだ。高橋尚子も参加するシドニーマラソン開催により交通規制が早朝から始まり、ハーバー・ブリッジも通行止めになると聞いていた。
 ところがハーバー・ブリッジもまだ通行止めにはなっておらず、シティー方面に向かうタクシーを多く見かける。そのタクシーに混じって、姉の運転する借り物のスプリンターもシティー方面へと走る。
 このハーバー・ブリッジはシティー側に向かう場合のみ通行料A$2払わなければならない。逆にシティーからノース側に向かう時には料金所は無い。シティー側のみにある料金所では、機械にコインを放り込むオートマチックと釣り銭の必要な場合の有人ゲートが用意されている。


シドニー空港
 シティーの中心を通り過ぎても道路は非常に空いていて、30分かからずにシドニー空港、国際線ターミナルへと到着する。姉と半分寝たような状態のハナとはターミナルの車寄せでお別れ。ハナもまだ完全に起きていない様子で非常にあっさりした別れだった気がする。
 行きよりかなり重たくなったスーツケースを引っ張りながら建物の中へと進み、まずはディスプレイで自分の登場するQF59便のチェックインカウンターを確認。
 アフガニスタンへの出兵をすぐに決めたオーストラリアだけあって、アメリカ同時多発テロ後に出発便に関するセキュリティーも厳重になっていると思ったら、チェックインカウンター前のセキュリティーチェックなどは行っていなかった。カウンター自体も空いていて、すぐに手続きをして貰う。その際にアイルシート希望とBAのマイレージのカウントをお願いするが、こちらも全く問題なくスムーズに処理される。そしてボーディングパスを見て、自分は驚く。行きと全く同じ48Cシート。

 重たい足枷のようになっていたスーツケースが無くなり、まだまだ時間があるのでシドニーオリンピックの際にだいぶ綺麗になったと言われる空港内を歩いてみることにする。
 確かにオリンピック以前に訪れた際とだいぶ変わっている。シティーなどで見掛ける男女衣料のCountry RoadやハンドバックのOroton(オロトン)などのショップもある。ここ空港内のKen Doneは以前からそのままショップも残っている。またカフェなども充実していて、飲茶が食べられる中華レストランまでオープンしていたのには驚いた。これらショップやレストランはチケットカウンターホール付近、出国審査後の各ゲートへ向かう通路などに点在しているので、出国前にどうしても買って置きたい物などがある場合は事前に空港内ディレクトリーマップなどで確認して置いた方が無難だろう。

 自分と同じように日本へ帰る人たちが、添乗員に連れられて何やら説明を受けている横を通り過ぎて自分は出国審査へと向かう。まだ朝の7時過ぎと言うこともあって、出国審査自体は空いていて殆ど待たされることはない。
 しかし、その出国審査でも自分は失敗をする。と言うのは、先ほどパッケージ旅行客たちが添乗員に何かの説明を受けていたのは、出国者カードの書き方だったようで、出国審査の際にこのカードの記入が必要と言うことに全く気付いていない自分はそのまま、審査カウンターへ。パスポートだけ差し出すと審査官は、カードの見本を自分に見せるが、自分は『出国者カード必要だったんだ。』とその場で気付く。パスポートを受け取って、そのカードの記入をしてから再度出国審査を受けようと思ったら、その女性審査官は親切にも必要事項を全てパスポートから書き写してくれて、自分にはサインだけするように差し出してくれた。自分のように出国者カードを記入しない人が多いのだろうか、非常に慣れているようだった。深々とお礼をして、自分は出国審査を終えてゲート内へと進む事が出来た。

 それからはお土産用のタバコなどを買う為にターミナル内の免税店Downtown DutyFreeなどを覗いて回る。Downtown DutyFreeは非常に大きな免税店で、商品も非常に充実している。お土産の定番と言われるタバコや酒類は、最後の最後に空港ターミナル内で購入するのがいいだろう。
 このシドニー空港のターミナル内は全面禁煙だとばかり思っていたが、ちゃんと喫煙所もあった。ゲート32と58に近い場所にそれぞれあるが、喫煙所への入口が非常に判りにくい。通路から奥まった場所に鉄製の扉があり、それはまるで掃除道具入れの扉のようだ。その扉の奥に進むと更にガラス扉があり、ガラス張りの部屋が喫煙所となっている。多少椅子なども用意されているが、くつろげるスペースでは無いようだ。

 自分の登場するカンタス航空QF59便はゲート9から搭乗手続きが行われる。このゲート9もちょっと判りづらい場所にある。
 ゲートの途中にはフリーのインターネットパソコンが置かれていて、メールなどを送信出来るようになっている。このインターネットパソコンは韓国企業がスポンサーになっているようで、使用出来るのは英語と韓国語となっている。自分も実際に使用してみたが、帰国後もメールは届いていないのは操作ミスをしたからだろうか。

シドニー空港のオフィシャルページ(英語)


シドニー空港→ケアンズ空港
 それからは搭乗手続きが始まるまでひたすらゲートのソファーに腰掛けて待つ。最初は自分以外に誰もいなかったゲートは、8時半を過ぎた頃には溢れんばかりに人でごった返す。この光景をみて、ケアンズまでは間違いなく満席だろうと確信する。
 その予想通り、搭乗が開始されて機内で席に着くとあっという間に全てのシートが埋まってゆく。現地の人たちが8割、日本人が2割と言った具合だろうか。自分の隣の48A,Bにはちょっと常識の無い日本人の新婚旅行と思われるカップル(詳細は書かないけど)。まあケアンズまでの我慢かなと思いながら、定刻9時10分に離陸したQF59便で機内誌や日本の新聞などを読みながら時間を過ごす。

 このQF59便のフライトには、日本人客室乗務員はおらず、片言ながら日本語の話の出来る男性客室乗務員が2人いた。ケアンズに向かうまでの間に朝食が配られるが、2人のうち年輩の客室乗務員はとっても気さくで日本人を見つけるとその都度笑わせながら朝食を配っている。
 この日の朝食は、ホットミールとコールドミールからのチョイス。ホットミールは、パンケーキとエッグベーコン。コールドミールは、コンチネンタルブレックファーストとなってる。いずれにもピーチとマンゴーのヨーグルト、オレンジジュースが付いている。


ケアンズ空港
 約2時間余りのフライトでケアンズ空港へと到着する。
 同便で名古屋へと向かう乗客も一度機外へ出なければならない。通路を歩いて行くとトランジットと到着がそれぞれ行き先が変わる。トランジットと書かれた方に歩くとすぐに出発ロビーへと行けるようになっている。
 ケアンズ空港は大きな空港ではないので、シドニー空港のようにゲートが複雑になっていない。大きなロビーにゲートが並んでいるので、迷うようなことはまず無いだろう。
 そのロビーだが、ほぼ同時刻に成田空港に向かうQF69便がある為、非常に混雑している。またロビーで搭乗を待っている人たちは殆どが日本人。ケアンズが日本から非常に身近なリゾートで、リーズナブルに行くことが出来るのでとても賑わっているようだ。
、  自分は既に買い物を済ませ、再搭乗までの時間を、座る場所すらなく混雑しているロビーでただただ待っているだけの状態。自分と同じように日本へ帰る人たちの中には、残ったオーストラリアドルの使い切ってしまおうと最後の買い物をする人。この後すぐに機内食が出来るにもかかわらず、うどんなどを食べている人など様々。


ケアンズ空港→名古屋空港
 再び搭乗手続きが開始されて機内へ。ロビーでは成田便と名古屋便の乗客が入り乱れていたので、どの位の混雑なのか見当も付かなかったが、出発直前には殆どの席が埋まり満席状態。ケアンズからは乗客が入れ替わりほぼ全員が日本人。
 ケアンズで自分の隣に座っていたカップルが降りるかなと微かに期待していたが、このカップルも名古屋へ行くようだった。ただ非常口のある前席の47シートには乗客が座っていない。水平航行に入った段階で、客室乗務員に申し出て席を47シートへと移動させて貰った。本来、非常口付近の席は、英語の理解出来る乗客以外は座らせないことになっているようだが、客室乗務員は3秒ほど悩んだがOKしてくれた。
 自分の移動した列は客室乗務員と向かい合わせに座る場所で足を思いっ切り伸ばせる。しかも隣も空席なので非常にのんびり出来、この後7時間余りのフライトを快適に過ごせる。

 暫くして、映画の上映、食事のサービスが始められる。行きのフライトではそれほど興味が無かった映画だが、帰路のQF59便では”ハムナプトラ2”、”ブリジット・ジョーンズの日記”となかなか面白い映画が上映されたので、寝る暇を惜しんで前方のスクリーンを見入っていた。

QF59便での昼食の写真はこちら

 南半球ではこれから夏を迎えて日照時間も長くなっているのに、北半球では冬至に向かってどんどん日が短くなっている。17時を過ぎた頃には窓から見える光景は一面燃えるような赤色の空に変わって行き、そして夜を迎える。
 名古屋空港に到着する前には、再度ミールサービスが行われ、QF59便では計3回の食事が出されたことになる。

 ケアンズの離陸が給油のトラブルから30分余り遅れた関係上、名古屋空港への到着もそのままずれる。
 B747−200が着陸態勢を取り始めると、女性の客室乗務員が自分の向かいのクルーシートへと座る。英語で話しかけられたので、幼稚な英語で話し返すとなんとか伝わったようだ。そしてもう1つのクルーシートには、男性の客室乗務員がやって来る。この男性客室乗務員は日本語を話すことが出来る人で、ケアンズからは日本人乗客へのアナウンスを担当していた。この男性客室乗務員は日本語で自分に話しかけてきたので、色々と話をすることが出来た。名古屋では駅前のホテルで宿泊し、明日のフライトでシドニーに帰るなどといった話しを聞けた。
 そんな会話をしている間に、QF59便は名古屋空港へと無事到着し、2人の客室乗務員に別れを告げて機外へと移動を始める。

QF59便での夕食(ライトミール)の写真はこちら


名古屋空港→静岡
 19時過ぎには機外へと出る。名古屋空港の入国審査は比較的混んでいた。その混雑をくぐり抜けて、バゲッジで28Kgあったトランクを受け取り、税関へ。全く課税対象品を持っていないが緊張するのは何故だろう。
『課税品はありませんね?』と一言訊かれ、
『ありません。』の一言で税関を通過。そのまま、宅配荷物集荷のカウンターへ向かい、トランクを預ける。名古屋と静岡の距離なので、明日には自宅にトランクは配達されるだろう。

 そして、名鉄バス、新幹線と乗り継いで、雨の降る寒い静岡へと帰って今回の旅行は終了する。


あとがき
 今回のシドニーステイで、目玉となったのはやはりハンターバレーだろう。オーストラリアを代表するワインの産地で、非常にのんびりした場所である。また盆地で夏は暑さの厳しいと言われるハンターバレーだが、初夏のこの時期は非常に快適に過ごすことが出来た。宿泊したコテージにはゴルフコースがあり、平日の宿泊だったこともありフリーでプレー出来たのはとても良い思い出となっている。

 今回はシティーには1度しか赴いていない。その代わりに、近郊のバーケンヘッド・ポイントチャツウッドなどに数回に渡って行くことが出来たのは、やはり姉が在住していて、車を所有している強みと言えるだろう。
 バーケンヘッド・ポイントは、ハワイのワイケレやロス郊外などのアウトレットとは少し違っている。日本人の大好きなブランドのアウトレットではないからだ。どちらかと言うとオーストラリアローカルなショップが目立つ。超高級ブランドが無い分、安く良い物を買えるのではないだろうか。
 シティーは1日には行くことが出来無かったが、マンリーからフェリーに乗れたのは良い経験だった。以前もサーキュラキーとキリビリ、ミルソンズ・ポイントなどへはフェリーを利用したことがあるが市民の足となっているフェリーで30分間のクルーズに感じるほど素晴らしいロケーションを楽しむ事が出来る。
 シティーでは、この旅行で最も充実した1日を過ごすことが出来た気がする。既に位置関係も把握しているので1人でも何ら戸惑うことのないシティーで、多くの名所やショッピングセンターなどを散策することが来出た。またマーケットシティーが買い物するに非常に最適な場所であることも再認識出たと思う。

 今回のシドニーステイは非常にのんびりした行動だった気がするが、旅行直前までが非常にハードだっただけに、とても良い休暇となったと感じている。
 また現在も大きな傷跡を世界中に残しているアメリカ同時多発テロの影響を少なからず、オーストラリアも受けている。無くなった方々や破壊された建物が戻るわけでは無いが、1日も早く立ち直って欲しいと思う。
 2001年12月




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