2002/01
  台北(台湾)ツアー

 
01/23 台北到着、お粥街
静岡駅→名古屋駅
 いよいよ出発の朝を迎える。この日は12時のこだま号で静岡を出発することになっていたので、通常通り会社へと向かう。但し、大きなトランクと私服だったので、他の社員たちが出社する前に会社へと向かうことにする。
 大きなトランクがあったので、会社までは家族に送ってもらうことに。その際、1人暮らしをしている後輩のショーゴが会社まで来る手段が無かったので自分がピックアップをして行く。

 自分やショーゴは私服だったこともあって、出発までの時間は事務処理に徹していたが、同じく台湾へと向かうコージ、シマはスーツ姿なのに大変驚く。話しを聞くと、この2人は午前中にどうしても客先に行かなければならず、仕方無しにスーツだったらしい。

 いよいよ出発の時間が近付き、清水さん、伏見を加えた6人で会社から程近い静岡駅へとトランクを引きずりながら移動を始める。この日の静岡は結構な冷え込みだったので、みんな厚着をしている。特にスーツ姿で台湾まで向かうことになったコージと清水さんはコートまで着込んでいる。シマや伏見も私服ながら、それなりの厚着。みんなが日本での今の気候に合わせた恰好をしているのに対して、現地が日本の4月下旬あたりの気候と聞いていた自分は乗り物に乗るまでの我慢と思って、比較的薄着で寒さを我慢。今回はインターネットなどで現地の情報を調べることも余りしなかったので、もし予想に反して寒かったらエラいことになる。

 新幹線に乗り込むと早速酒宴が始まる。招待旅行だったこともあって、招待する側も手抜かり無い。新幹線が動き始めるや否やビールやおつまみが配られ始める。新幹線には掛川、浜松からも今回の旅行者が乗車し、12号車には今回の旅行参加者で40名近くに増え、その旅行者たちで占められた。
 ビールを飲んで、浜松出発後に配られた弁当も食べて、自分とショーゴは強い睡魔に襲われる。もうちょっとで寝れると言う時に、新幹線は名古屋駅へと近付き、減速し始める。


名古屋駅→名古屋空港
 今回の旅行には日本からの添乗員が付いてくる。名古屋駅に到着すると、すぐにトイレ休憩の時間がとられる。自分やショーゴは駅舎の外でタバコを吸っていたが、清水さんだけは違っていた。昼食の弁当を食べてまだ30分も経過していないのに、駅のお菓子やでエクレアを買い込んで嬉しそうに集合場所へと戻ってきた。

 名古屋駅からはチャーターバス2台に乗り込んで名古屋空港へと移動する。この時、別の新幹線でやって来た伊豆方面からの参加者とその引率をしてきた添乗員も合流して、この旅行参加者は総勢50名を超えた。
 全員が揃ったところで、チャーターバスは名古屋駅中村口を出発して、一路名古屋空港へと向かう。バスの最後部席を占拠した自分たちはバスの中でも大騒ぎ。今回の旅行参加者の中で最も若いのが自分たちグループだったこともあるが、気分はまるで遠足気分。その中で1人、エクレアを美味しそうに食べている清水さん。


名古屋空港
 バスは名古屋高速が比較的空いていたこともあって、非常に順調に走り約40分、14時過ぎには名古屋空港へと到着する。
 すぐにチェックインをするのかと思ったら、3Fの出発ロビーを通過して4Fのレストランや売店の並ぶレインボープラザへ。このレインボープラザには団体旅行向けの特別室が10部屋ほどあり、その中の1室へと50人余りの旅行参加たちは集められた。
 全員が席へと着くと、まずはおみやげ物の販売について説明を受ける。重たいお土産物をわざわざ持って帰ってくるのでは無く、日本で商品を選んで宅配して貰うというサービス。多くのお土産を必要としている人には便利なサービスと言えるだろう。自分たちの周りでは、清水さんだけがこのサービスを利用していた。
 この後、添乗員から今回の旅行についての説明を受ける。そして台湾へ入国時に必要な申請書類が1人ずつ配られて、必要事項の記入をする。短期旅行者はビザ申請の必要の無い台湾だが、他外国同様に3枚複写になった入国カードらしきもの、持ち込み品や体調に関しての申請書類は入国時に必要らしい。
 またこの際にボーディングパスの配布も行われる。旅行参加者のグループ毎に席をまとめてくれるといいなと言う甘い気持ちは一瞬にて打ち砕かれた。参加者の名前順にシートは用意されており、みんなバラバラの席。自分は57G。シマが61B、伏見56E、ショーゴ62F、清水さん61D、コージ64Bと言った具合だ。この日の機材も不明確だったので、どんな席に座ることになるのか不安いっぱいになった。添乗員が言うには、一旦機内に入ってからお互いに席のチェンジをしてグループ毎になれるようにして欲しいとのことだった。
 自分は添乗員同行の海外旅行というのをいままで経験したことが無い。添乗員同行というとどうしてもお年寄りの参加が多いツアーが多いし、旅費も結構高い。貧乏旅行の多い自分にとっては、生まれて初めての添乗員同行の海外旅行。現地でも色々と相談出来るし、頼もしいことだろう。

 名古屋空港内でコートなどの上着を旅行期間中預かって貰えると言うことで、コージや清水さんのみならず、シマや伏見も重たい上着が無くなり身軽になったようだ。
 この特別室で一旦解散すると各自荷物を持って3F出発ロビーへと移動をし、右端に位置するJALのHカウンターでチェックインをする。カウンターの周りは鉄柵で囲まれていて、中に入るには、機内に預けるトランクなどの荷物のX線検査を受けなければならない。X線検査を終えた荷物については、セキュリティーチェックのシールが貼られて封印される。
 特に誰もX線検査で引っ掛かることも無く、今回の旅行参加者の中では自分たちが最も早くチェックインすることになった。チェックインと言っても、既にボーディングパスは持っているので、トランクを預けるだけ。また万が一ロストバゲッジした場合に必要な荷物と同じ番号が振られたチケットを受け取る。到着地で荷物を受け取って到着ロビーに出るまでは大事に取っておく必要がある。また自分にとっては、このチェックインの際にもう1つしなければならないことがある。それはマイレージのカウントをして貰うことだ。昨秋のシドニーに旅行した際に作ったブリティッシュエアウェイズのマイレージカード。前回利用のカンタス航空同様、今回利用するキャセイパシフィック航空も同じアライアンス、ワンワールド(oneworld)に属しているのでカウント可能だ。シマも自分同様に出発直前に急遽アメリカン航空のマイレージカードを作り、この時にマイレージのカウントをして貰っている。

 このチェックインの際に、自分には驚くことがあった。チェックインをしてくれた地上クルーが、前回のシドニー旅行の際と同じ女性だったのだ。名古屋空港の国際線本数がそれ程多くないからかも知れないが、自分はその女性に前回もチェックインをして貰い、このカードのカウントをして貰ったことを話しすると、ちょっと照れくさそうに
『そうですか。お気をつけて行ってらっしゃいませ。』と声をかけてくれた。それを後ろで聞いていた清水さんが
『なんだ、なんだ。おまえは旅行いっぱいしてるから、おねーちゃんも親切にしてくれるのか。』と訳のわからないことを言っていた。

 無事チェックインを済ませると、手荷物のX線検査を受ける。この時に誰か1人くらいはセンサーに反応すれば面白いのにと思っていたが、その期待は裏切られ、最もセンサーで引っ掛かりそうなシマ、清水さんも難なくクリアする。
 手荷物のX栓検査を通過すると今度はイミグレーションで出国審査を受ける。以前は出国カードへの記入が必要だったが、今はこの制度も無くなったので審査も非常にスムーズに進む。

 イミグレーションを通過したことで、自分たちは日本に居ながら日本を出たことになる。イミグレーションを過ぎるとすぐに出発待合室となっている。名古屋空港国際線ターミナル自体それ程大きいわけで無いが、建設されて年数を経ていないターミナルはシンプルできれい。
 出発待合室には、一列に並ぶようにして5つのゲートが並んでいる(バスでの登場の場合はエスカレータを利用して、6,7番ゲートを利用)。この出発待合室にはデュフリーと言う名前の免税店がある。化粧品、貴金属、時計、タバコ、酒類、日本土産などが並んでいる。免税店の規模としては、空港内の施設としては普通の大きさと言えるだろう。品揃えもそこそこだが、旅行の際に毎回悩んでしまうのは、出国時にここで買うべきか、それとも帰国時に現地の免税店で買うべきかと言うこと。実際に免税品を1つ1つ調べてゆくと、日本で購入してしまう方が安価で買えるケースも少なくは無い。
 この時、自分は現地で吸うタバコの調達をした。自分の購入したパーラメントライト100sは、通常なら1カートンで3000円。ところが空港内なら免税なので2000円で買うことが出来る。自分と同じようにして、シマもタバコ、家族に頼まれた化粧品を購入。清水さんに至っては、現地台北に親戚が住んでいることもあって、親戚のお土産用として洋酒を何本も買い込んでいた。台湾入国時にも、日本帰国時同様に免税範囲は決められているので、免税範囲を超える分についてはショーゴなどに持ち込みを依頼している。


名古屋空港→中正国際空港
 自分たちの搭乗するキャセイパシフィック航空CX531便の機材は、予めのフライトスケジュールを見る限りでは未定となっていたが、ボーイング747ジャンボ機が駐機していた。
 16時半過ぎになると搭乗開始のアナウンスがされ、4番ゲートには搭乗する人たちが群がる。その流れにのるようにして、自分たちも列に並ぶ。ボーディングパスを機械に通し、機内へと向かって歩き始める。
 機内への入口では、客室乗務員が笑顔で搭乗者たちを出迎えていて、それぞれのシート番号を確認しては左右の通路のどちらを進むかを案内している。この日の機材は、B747はキャセイ航空ではプレミアム(74J)と呼ばれるタイプで同社では4機を所有しているそうだ。特長は、ビジネスクラスのシート数が通常は55席ほどなのに対して、このタイプでは92席もあることだろう。CX531便のフライトは名古屋を出発し、台北経由で香港へと向かうのだが中距離のフライトにもかかわず、これだけの数のビジネスシートにニーズがあるのか疑問に思った。まあ自分たちのシート番号は明らかに後方なので、オーバーブッキングしていてビジネスシートに振り返られているようなことは絶対に無いことは判っていたが。
 機体の半分ぐらいまで広々としたビジネスシートを占めているCX531便の後方のエコノミー席に向かってひたすら進む。 自分の席は57Gで、運のいいことに中央ブロックながら右通路側シートだった。一通り、搭乗者たちが着席して落ち着いたと思った瞬間に、空港内の特別室での添乗員の説明になったように今回の旅行者同士のシートのチェンジが始まる。自分もそれに遅れまいと、自分の1列前の56E(中央ブロックの左側2つ目の席)の隣の人とシートチェンジして、自分は56D(中央ブロック左通路側)へと移る。
 体の大きい自分が通路側だったのは非常に嬉しいが、隣に座る伏見と言えば、体は細いが足を伸ばそうにも隣に座った中国女性が伏見の足元まで荷物を置いているので全然伸ばすことが出来無い。荷物を置いていることを謝ってきている中国女性に怒るに怒れない伏見はちょっとかわいそう。
 自分同様に旅行参加者同士でシートチェンジは後方でも行われていて、いつの間にやら、清水さんの座る61Dの隣の61Eにシマが移動をしてきていた。しかし清水さんは巨体だし、シマも限りなく巨体に近い体型なので、狭い狭いエコノミーシートでこの2人が隣同士と言うのは辛そう。

 ほぼ定刻の17時過ぎに名古屋空港を飛び立ったCX531便。周りを見る限りではエコノミーシートはほぼ満席のようだ。この様子では、きっとビジネスシートに振り替えられたラッキーな乗客もいることだろう。
 台北・中正国際空港までのフライト時間は3時間半弱と非常に短い。沖縄に遊びに行く感覚と余り変わらないような気がする。
 折角パーソナルテレビが付いているのにフライト時間が短いので映画の上映などは行われない。但し、パーソナルテレビはマルチチャンネルに対応して、CNNニュース、アニメーション、ディスカバリーTVに加え、TVゲームも楽しめるようになっている。
 ボーイング747が水平飛行に入ると客室乗務員たちは慌ただしく食事のサービスの準備を始める。とにかく台北までは3時間余りしか残っておらず、忙しそうに動いているのがうかがえる。

 食事はエコノミーでもポーク、チキン、和食の3種類のミールが用意されている。残念ながら、自分と伏見が食事を選ぶ頃にチキンが選べなかった。しかも英語で言われたので、和食(紅鮭、ちまきなどが入っている)が聞き取れず、2人揃ってチキンをチョイス。ちなみに右側通路側の客室乗務員にミールサービスを受けていた人に聞いた話しでは、ポークが無くなっていたらしい。
 ケータリングサービスが名古屋で行われているからだろうか、食事は日本人でも大満足出来る内容。食事の良さは、自分の過去の経験から言えば、全日空と並ぶくらい美味しかったと思う。食事が美味しいのでついついお酒もすすんでしまい、赤ワインを3杯ほど飲ませて貰った。その横で下戸の伏見は、至って冷静。
 今回利用していたキャセイパシフィック航空だが、自分は初めての利用ながら過去に家族が香港旅行などで利用している。またシドニー在住の姉は、日本との往復に際してキャセイを利用することが多いらしい。キャセイは機材が新しく、パーソナルテレビなどのエンターテイメントが充実している。名古屋発の便に関して言えば、食事はとても美味しい。勿論機内アナウンスなどは必ず日本語でも行われる。そして客室乗務員の対応は非常ににこやかで親切で、子供の乗客へのサービスも好感を受けた。このように、日本の航空会社と何ら遜色のないサービスは、日本人にも好まれるのでは無いだろうか。このフライトで、自分はまたキャセイを利用してもいいなと思った位だ。

CX531便の機内夕食の写真はこちら

キャセイパシフィック航空(日本語)のオフィシャルサイト


 1月も半ばを過ぎて、日本国内でも徐々に日没時間が遅くなってきてはいるが、流石に食事を終える頃には機外を見ると真っ暗になっている。食事を済ませて、少しゆっくりしているとすぐに台北着陸の為への下降が開始される。日本とは1時間遅れの時差のある中正国際空港へは、現地時間の19時半に無事到着する。


中正国際空港
 中正国際空港に着陸すると機長から英語アナウンスがあり、次に日本人客室乗務員による日本語、そして中国語で同じ内容が繰り返される。このCX531便は、ここ台北は経由地である。香港まで行く人たちは、再び離陸をするまで機内に留まっても良いし、一旦機外に出て出発待合室にで待つことも可能とアナウンスされていた。
 完全に機体が動きを停め、シートベルトサインが消えたのと同時に乗客は慌ただしく動き始める。すぐに通路には機外へ出る為の長い長い列が出来る。自分と伏見も早々とその列に並び、比較的早いタイミングで機外へと出ることが出来た。

 シマやショーゴ、1人大荷物を持っている清水さんなどを待って、イミグレーションへと向かう。ところがイミグレーションに向かう途中で、伏見やショーゴがジャッキー・チェンの等身大ポスターなどを見つけて写真を撮り始めた為、イミグレーションに到着した頃には自分たちがCX531便では一番最後の方になっていた。
 イミグレーションでは自分たち日本人が並ぶのは”外国人”と書かれた場所。しかし何の意識もないシマは、比較的空いているいきなり”中華民国人”と書かれた場所に並ぼうとしてみんなに笑われながら制止された。イミグレーションでは、必ずと言って良いほど、審査官から何かしら質問を受けるものだが、自分たちが団体ツアーであるからだろうか全く質問を受けることは無く、非常にスムーズにイミグレーションを通過し、バゲッジルームへと移動。

 バゲッジルームでは、既にCX531便の荷物がベルトコンベヤー上に流され始めていて、自分たちの荷物も簡単に見つけることが出来る。清水さんや伏見が皆の荷物を見つけては、ピックアップしてくれる。こういう時に大人数での旅行は助かる。
 皆が荷物を手にしたところで税関へと向かおうとするが、突然シマが
『機内に名古屋の免税店で買った化粧品を忘れた!』と言い出す。それを聞いてみんなビックリ。確かにシマは機内では一旦席に着いてからシートチェンジしている。名古屋の免税店で購入した化粧品を最初に座った場所の棚に入れてしまって、そのまま忘れてきたらしい。
 一度は諦めかけていたシマだったが、化粧品の値段が1万円を超えていることを聞いた自分が
『すぐに日本から同行している添乗員に話しをして、機内へ連絡して貰った方がいい。』と話しをすると、付近で旅行参加者に税関を出て待つように一所懸命話しをしている添乗員へ助けを求めた。そして、添乗員にニヤりと笑われながらもシマと一緒に地上スタッフのもとへ向かって行く。まあ団体旅行では、必ずこういうのが1人位は居るんだろう。
 シマ1人ではとても不安だが添乗員も一緒だったので、空港からの移動のバスも出発してしまうことはないだろうと思い、税関へと向かう。税関では団体旅行者と言うことが判っていた為だろうか、誰1人たりとも止められることも無く、ほぼ素通り状態で通過する。

 到着ロビーへの出口付近には銀行の窓口があり、各国通貨と台湾通貨との両替をしている。空港内でイミグレーション以前の場所などに銀行の両替窓口が設置されているケースは過去にあったが、税関を出て到着ロビーまで間の通路に銀行窓口があるのは珍しい。到着ロビーでは到着客を待っている家族や旅行社のガイドなどが皆、この通路に注視しているだけあって、バッグから財布を出して両替もなかなかしずらい。予め、ホテル行きのバスの中で日本円1万円分の両替をしてくれると説明があったが、1万円だけの両替ではちょっと心細かった自分は、ショーゴと一緒に多くの視線が集まる中、バッグから財布を出して各々1万円ずつ現地通貨のニュー台湾ドル(NTドル)に換金する。このNTドルだが、この日のレートは4円=1NTドルと言った具合。このNTドルだが、他にも呼ばれ方があって、圓(えん)ともとも言われる。台湾では、日本円もお札ならば観光客向けの店であれば、ほぼ使えるらしい。日本円との発音が同じもしくは近いだと混乱しやすいので、現地ではNTドルで通す方が判りやすいしトラブルもないだろう。

 到着ロビーには、大きな赤い横断幕で”歓迎*****ご一行様”と書かれていて、ひと目で自分たちを待っていることが判る。既に他の旅行参加者たちは荷物をひとまとめにしていて、全員が集まるのを待っている状況。どうも見ても、自分たちを待っている感じだったのでさりげなく集合場所に合流する。
 約10分ほど混雑する到着ロビーで待つことになり、旅行参加者を乗せる2台のバスが到着するとバスへと乗り込む。その間も自分はとても焦っていた。大丈夫だと判っていても、未だに自分たちの所に戻ってこないシマ。
 自分たちは名古屋駅からのバスと同様に最後部席を押さえ、シマの席を空けて待っている。現地の添乗員が乗車人数を数え始めたので、自分は
『まだ1人、機内に荷物を忘れて、それを日本からの添乗員さんと取りに行って戻って来てないです。』と伝えた。バスは完全にシマ待ちとなり、周りの旅行参加者がこの事に気付いていていないといいなと思いつつ、シマが早く戻ってくることを皆で思っていた。
 それから5分ほどして、ニヤニヤしながら何事もなかったような顔をして空港の出口を出てくるシマを発見。何事も無かったような顔もバスに乗るまでで、自分たちの方へ近付いて来ると流石に恥ずかしそう。そりゃ、当たり前だ。

 バスは20時過ぎに中正国際空港を出発し、台湾市内へと向けて高速道路を走り始める。中正国際空港と言うのは、日本の成田空港と色々な面でよく似ている。市内から近い台湾・松山空港が手狭になり建設されたこと。建物の色合いなどチャコール系で、当初の成田空港のイメージに似ている。また市内から高速道路で車で50分ほどかかり、のどかな風景の中に空港が建っていることなど。
 高速道路を走るバスの車窓からは特に何も見えない。非常に退屈な時間の中、ちょうど良く台湾についての説明が現地ガイドから始められる。非常に流暢な日本語を喋る添乗員はこの旅行期間中、自分たちを退屈させずに楽しませてくれて、非常に協力的だった。
 この移動中に日本円との両替も行われ、空港内銀行より手数料を取らない分20NTドルほど良いレートで換金されていた。シマは2万円分両替し、自分、ショーゴ、伏見、コージは1万円を両替。ただ自分とショーゴは先ほどの換金もあるので、合わせて2万円分をNTドルに換金したことになる。

 バスは次第にネオン輝く台北市街へと近付いてくる。引き続き、現地ガイドの説明は続けられており、話しは次第に宿泊する福華大飯店(Howard Hotel)及びその周辺についてになっていた。今晩の夕食が機内食だけだったこともあったので、お酒や食べ物を買うならばホテル付近のコンビニエンスストアがお勧めらしい。その説明をして数分後、急遽バス2台はホテルに到着前にコンビニに寄ることになった。多分、近くにコンビニがあるという説明をしたのはいいが、夜間にフラフラ出掛けていってトラブルでもあったら困ると思ったのだろう。
 そしてバスは、ホテルからほど近いコンビニの前で停車する。50人以上の旅行者たちがバスから下車して、日本と同じデザインのファミリーマート(全家 便利商店)の店内へと一斉に駆け込む。普段は夜間の客数もたかが知れている筈だから、店番の店員はたまったものでは無いだろう。自分たちはこの後、お粥街へ出掛ける予定にしていたので、あえて長い行列に並んで買い物をするのは控えた。自分とシマは店外でビデオを撮影したりしていたが、周りの伏見とショーゴの姿が見えない。店内を覗いてみると長い行列にこの2人に清水さん、コージまでも飲み物などを持って並んでいる。
『どうせ、すぐに出掛けるじゃん。その時、ゆっくり買えばいいのに。』と捨てゼリフを4人にはいて、自分は店外へと出る。
 50人近くの人が一斉に狭いコンビニに入店し、2つしかないレジ待ちするのは結構な時間を要した。


福華大飯店(Howard Hotel)
 中正国際空港を出発してから1時間半近くを経た21時20分に今回3泊する福華大飯店へと到着。この福華大飯店は、台北駅から2.5Kmほど離れた場所に建つ5梅クラス(普通に言う5ッ星クラス)の一流ホテル。ローレベルのフロアーには装飾品などを取り扱う専門店などが入店。中階から13階までが客室となっていて、最上階まで大きな吹き抜けとなっているのが特長。台北駅からはそれなりに距離は離れているが、新興の繁華街である頂好とは1ブロック(約250m)程しか離れていないし、お粥街へも徒歩で15分ほどで行ける。
 時間が時間だったので、すぐにロビーへ移動して各部屋のキーと3日分の朝食券も併せて配られる。

 キーを受け取るとすぐに解散。明日は市内観光などの為に同じロビーに8時半に集合することになっている。早速、自分たちは部屋へと移動をする。1部屋2人で、部屋割りは自分とショーゴ、シマと伏見、清水さんとコージ。いずれも最上階の13階の部屋だ。この部屋割りに関しては、旅行前に旅行会社から電話連絡があり、自分やシマで相談して決めていた。
 部屋に入ったのはいいが、トランクなどの荷物はポーターが部屋まで運んでくれることになっていたので、完全に荷物待ちの状態。旅行ガイドを見ながら、今から出掛ける場所にチェックをしたり、くだらない話しをしたりしていた。
 この後のスケジュールは、当初の予定通りお粥街へと出掛ける。自分、シマ、伏見、ショーゴの4人は元々行くつもりなのだが、清水さんとコージがはっきりしない。と言うのも清水さんは、台北の親戚がホテルにやって来ることになっているらしく、その親戚と連絡が取れないと出かける訳にも行かないらしい。そんな事を話ししている間に20分近くを経過する。
 それから更に5分ほど経過して、清水さんから自分の部屋に電話が入る。親戚と連絡が取れたようで15分ほどでホテルにやって来るらしい。またその親戚も一緒にお粥を食べに行くことにもなった。また清水さんは、一向に荷物が部屋に届けられないので業を煮やして、フロントやら日本からの添乗員の宿泊する部屋に電話をしまくっているようだったが、埒があかないとも嘆いていた。結局、荷物が届けられたのは、自分たちが部屋に入ってから30分以上経過してからだった。

 荷物が届けられ、ポーターに50NTドルをチップとして渡す。ここでチップを渡した場合は、翌朝の枕銭は置かなくてよいと現地ガイドから説明があった。
 早速、トランクの荷物を取り出して、お粥街へ出掛ける準備を整える。準備が完了したところで、1部屋挟んだ隣のシマと伏見に声をかけて、清水さんとコージの部屋へと行ってみると、そこには既に清水さんの親戚の人たちが来ていた。おじさん、日本語の話せるおばさん、いとこの3人で、皆が揃ったところで徒歩でお粥屋へと向かって歩き始める。


お粥街
 ホテルを出る時に清水さんが
『ホテルから15分も歩かなくてもお粥屋があるらしいぞ。うちの親戚が美味しい店知ってるって言ってるから、そこでもいいか?』と訊かれたので、現地の人の紹介なら間違いないし、特定の店に行きたかった訳でも無かったので当然
『いいよ。』と答える。
 福華大飯店は、仁愛路と復興南路と言う2つの道路の交差点に建っている。この復興南路上に高架でMRT木柵線と言う電車が走っている。
 清水さんの親戚を先頭に、この復興南路に南に向かって歩き始める。この夜の台湾は曇り空ながら、とても温かい。ちょっと羽織る物があれば夜間でも十分に過ごせる。
 ホテルから1ブロック南にはMRT大安駅があるがスターバックスと過密に乱立するコンビニ以外これと言ってこの付近にはめぼしい店は無いようだ。この辺りまで歩いてきた時点で、清水さんの親戚が自分たちを連れて行こうとしているお粥屋と言うのは、自分が当初行こうと思っていたお粥街と同じなのではないかと感じた。
 大安駅を更に南へ向かって歩いて行くと、次第に派手な看板が並ぶ場所が近付いてくる。ここがお粥街だ。清水さんの親戚はやっぱり自分が目的としていたお粥街に向かっていた。

 7店舗ほどのお粥専門店が並んでいて、店先ではちょっと小汚い恰好のおっさんがそれぞれの店の帽子をかぶって呼び込みをしている。何処の店もガラス張りで店内が見渡せるようになっているので、店に足を踏み入れるのに躊躇することは無いだろう。
 この軒を並べるお粥店の中で、清水さんの親戚は無名子小菜と言う店を選んで店内へと入っていったので、皆はそれに続く。
 店に入るとトレーを取って、ショーケースに並べられている料理で欲しい物を選ぶと店員が皿にその料理を取ってくれるので至って簡単。店員の中には片言ながら日本語を話す人もいるので、何ら困ることはないだろう。最後に会計を済ませてテーブルに着くとお粥が鍋で運ばれてくるようになっている。各料理の値段は10NTドル100NTくらいまで。小皿なので少しずつ色々な料理を味わうことが出来る。大人数なら、皆で違う料理を選んでシェアするのがいいだろう。
 料理を選んでいる時、皆の面倒を見てくれていた清水さんのおばさんが店員におすすめ料理を訊くと、鳥の料理がお勧めだと小皿を差し出した。その鳥は蒸し料理のようだが、鳥の色が黒っぽくて見た目は魚のようにも見えた。これを見た瞬間に皆が退いてしまう。結局、店員がお勧めと言った鳥料理は誰もトレーに取ることは無かった。


 料理も一通り取ると2階のテーブル席へ向かう。この時、一瞬ながら何とも言えない独特な日本人は体験のしたことの無い臭いが何処からともなく漂ってくる。自分でさえもこの臭いが何なのか判らず、首を傾げるような状態だったが、先ほどの鳥料理を見た上に、この臭いを嗅いでしまったシマや伏見はますます食欲減退していったことだろう。
 4人掛けのテーブルに自分、シマ、伏見、ショーゴが座る。それぞれが選んだ料理をテーブルに並べてみると、同じ料理が結構多い。どうしても無難な料理を選んでしまうので、料理も似通ってしまうのかも知れない。ただ多い物では同じ料理で3皿もあるので、これを見た瞬間に絶対に食べきれないだろうなとも思った。
 席について間もなくすると店員がお粥がいっぱい入ったステンレス製の鍋をテーブルへと運んでくる。早速、お粥をお椀に盛って食べ始める。お粥は塩味も無い本当にシンプルなお粥だ。本当は必要に応じて、薬味や調味料を入れて食べるのだと思うが、テーブルに並んだ料理は味付けの濃い物が多かったので、あえてそれらをお粥に加えることはせずにシンプルな状態で食べる。
 お粥が食べたいと主張していた自分だが、昼から飲んでただ新幹線や飛行機で座って半日近くを過ごしてきただけなので、ホテルからここ無名子小菜へ歩いてきた程度では空腹にはならない。正直言って、お腹は空いていない。シマたちと多分同じだろう。更にお粥が非常にシンプルなことに、
『お粥って言うと何か病院食みたい。』と言ってなかなか箸をすすめない。テーブルに並んでいる料理は見た目は比較的無難そうな物が多かったが、実際に食べてみると多くの料理に八角が香辛料として使われている。ショーゴは比較的平気そうだが、シマと食べ物の好き嫌いの多い伏見には口に合わない料理が多かったかも知れない。先ほどの鳥料理、謎の臭いなどの効果もあるのかも知れないが。
 アジアンフードでも全然平気な自分はどうかと言うと、頑張ってお粥もおかわりをするが、やはり空腹で無い状態だったので箸もすすまない。これがもし空腹だったら、もうちょっと食べられたのに非常に勿体ないことをした。

お粥街での食事の写真はこちら

 皆が食事を済ませたところでFONT SIZE=3 FACE="MS ゴシック" COLOR="#228b22">無名子小菜を後にする。この時の食事は、清水さんの親戚がご馳走をしてくれた。同行した人数が7人と結構多かったので申し訳無いことをした。
 自分たち4人は、コンビニにも行きたかったので店の前で他の人たちと別れる。まずはお粥街を一通り通ってみる為に南に向かって復興南路を歩く。お粥街と言っても7軒ほどしか店は並んでいないのですぐにその賑やかな場所は通り過ぎてしまう。ここのお粥屋はどの店も昼前の11時から翌朝5時まで営業していて夜中明るい。どの店も23時過ぎだというのにそこそこ客が入っていて賑わっている。この様な状態が深夜、早朝でも続くのだろうか。
 お粥街から100m程南に歩くとMRT科技大樓駅に辿り着く。お粥街に行くならば、大安駅よりも科技大樓駅の方が近い。

 科技大樓駅付近も何も無いので、道路を横断して反対側からホテル方面へ向かう。大安駅の復興南路と信義路の交差点付近でニコマート(福客多)を見つけ、皆で店へ入ってみる。ニコマート自体が日本のコンビニで、店舗の広さや陳列方法や商品なども日本のコンビニにそっくり。並んでいる商品は、日本製のお菓子が半分くらいを占めている。お弁当なども日本のそれと似ていて、具は違うだろうがおにぎりなども売られている。飲み物も烏龍茶を飲む習慣の台湾の筈なのに、緑茶も多く見掛ける。緑茶は500mlペットボトルで20NTドル。  レジの雰囲気も日本のコンビニと全く変わらないので、店の中は日本そのものと言った感じだ。あえて違う点を探すとすれば、ビールやお酒はどのコンビニにも置いてあること、店員が日本語を全く話せないこと位だろう。
 ここでは、シマたちは肉まん(日本と同じような加湿ショーケースに入っている)を買おうとしたが売り切れだった。自分とショーゴは先ほどのお粥屋で飲んだ台湾ビールが妙に気に入ったので買って行くことに。ビールは台湾ビールの他に日本のアサヒ、キリン、サッポロも売られている。台湾ビールは1本28NTドル。

 更にホテルに向かって歩いて行くと、ちょっと路地を入った場所にセブンイレブンを発見。シマと伏見に先にホテルに向かって貰い、自分とショーゴでそのコンビニへ寄ってみることにする。が、このコンビニ付近には歩道上で黒人数人がたむろしていたり、店の前でも若い子たちがグループで座り込んでいたりしてちょっと怪しい雰囲気。自分はあえて黒人がたむろしている歩道を歩かず、ビデオカメラをバッグの中にしまい混んで警戒する。ところが一緒にいたショーゴと言えば片手にデジタルカメラをぶら下げて、わざわざたむろしている場所から歩道に上がってコンビニに向かっている。店の前に座り込んでいるグループ全員から見られても全く気にもせず、ずけずけと店内へと入って行く。その光景を目の当たりにして、『ある意味コイツは大物か?それとも単に危機感と言うものを持ち合わせていない馬鹿か?』と感じたのである。
 既に飲み物はニコマートて買っていたので、ここでは先ほど買いそびれた肉まんを買ってみることに。中身がイマイチ不明な肉まんが数種類と小籠包などが加湿ショーケースの中に入っている。普通サイズの肉まんは15〜20NTドルで、小籠包は6NTドル。シマからも1つ買ってきてくれと頼まれていたので、ショーゴが肉まんを選び、自分はちょっとだけ食べたかったので、小籠包を選ぶ。

 レジで支払いをしている時に、ショーゴに外を出たら十分に気をつけるように警告したこともあって、店を出てからはたむろしている黒人のいる歩道を避けて通って、復興南路へ戻ってホテルへと戻る。
 時刻は0時をまわっていて、バスでホテルに到着した時のドアは既に閉められている。仕方ないのに反対側まで回って正面のタクシー寄せのあるエントランスからホテルの中へと入るとフロント付近でシマと伏見が自分たちの帰りを待っていた。既に閑散としているロビーで預けておいたルームキーを受け取るとエレベータで13階へ。
 先ほど買ったシマの分の肉まんを渡して自分たちの部屋へと戻る。部屋でほっと一息ついていると、電話が鳴った。電話はシマからでショーゴに代わってくれと言う。
『ショーゴが買ってきた肉まん、すごい不味かったぞ。』とクレームを一言言いたかったらしい。ちなみにショーゴの食べた肉まんは八角が入っているが不味いとは思わなかったし、自分の小籠包もまずまずだった。シマの肉まんだけがハズレだったらしい。

 部屋では暫くたわいもない話をして、1時半にはショーゴは眠りについた。自分はゆっくりと風呂に入ってから数冊のガイド本をベッドに広げて、明日以降のフリーの時間の過ごし方を考えていてそのままガイド本の上に覆い被さるようにして眠りにつく。

 
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