2002/01
台北(台湾)ツアー
01/26 台北出発、帰国
福華大飯店
帰国の朝は目覚ましが鳴り響いていても全く目が覚めなかった。自分は飛び起きたのは、ショーゴの
『もう6時50分ですよ。』と言う言葉だった。日を追う毎に就寝時間が遅くなり、昨夜に至っては午前3時。比較的朝は目覚めの良い自分でも、この日は辛かった。
既に行き慣れたホテル2階のレストラン。バイキングスタイルの食事も、メニューはいまいち変わり映えしないし、体が完全に起きていないので思ったよりもすすまない。その横でショーゴは、今日も色々な料理をモリモリと食べて行く。
福華大飯店での朝食の写真はこちら
食事を終えるとすぐに部屋に戻る。ホテルの出発は8時半と決められており、トランクも8時にはポーターが部屋へと引き取りにやって来るので色々と忙しい。朝風呂派のショーゴも、そのことを理解していたようで風呂は前夜にちゃんと入っていたので、すぐに残りの荷物のパッキングへと取りかかる。
8時過ぎにポーターが部屋へと荷物の引き取りに来たのを確認して、シマたちに声を掛けて集合場所の1階ロビーへと向かおうとすると、清水さんたちの部屋の前で突然コージが中から現れて
『清水さんが帰ってこないんだよ。』と大変困った様子。清水さんは部屋に、荷物と清水さんを心配して早朝から部屋に訪れていた親戚の叔母さんを置いて朝食に出掛けてしまったらしい。『普通、親戚の叔母さんを部屋に残して行くか?』と思いつつ、部屋を出るに出られないコージに同情した自分たちは一旦集合場所に行き、清水さんを捜しに行くことに。
既に旅行参加者たちが続々と集まりだしている中、自分たちも焦りだしてショーゴと共に2階レストランで清水さんを探すが、見付けやすい体型をしている清水さんの姿はそこには無かった。諦めてシマたちの所に戻り、コージの部屋に電話をしてみるが未だに部屋へは戻っていないと言う。清水さんもいい大人だし、集合時間間近だったので自分たちが探し回ることは止めて、日本からの添乗員、現地ガイドに2人が遅れそうだと言うことを伝えてバスへと乗り込む。
集合時間の8時半の時点で、旅行参加者たちはコージと清水さんを除いて全員がバスへと乗車していた。するとホテル入口から焦りながらやって来るコージと、叔母さんと呑気に話をしながら悠長に歩いてくる清水さんを発見。
免税店
全員が揃ったところでバスはホテルを出発する。台北滞在中、ずっと清水さんに連れ添っていた叔母さんは、この時も清水さんに向かって何かを言いながら手を振っていたのが印象だった。
このまま、中正国際空港へ向かう思っていたら、この旅行では最後の最後まで免税店に寄るらしい。この時向かったのは、復興南北路の北端でホテルからは2Km程北に向かった場所にあたり、MRT木柵線のMRT
中正國中駅の側の昇恒昌(EVERRICH D.F.S.)。この免税店は政府公認で空港内にも店を構えている。但し、空港内の店舗は狭く、台北市内のこちらの店の方がブランド物なども数多く扱っていて店舗も広い。
ここでは最後の買い物を言わんばかりに皆が買い物にふける。自分は空港内の免税店で買おうと思っていたタバコをコージに協力して貰ってここで2カートン買うことにした。但し、タバコなどについては支払いはこの場でするが、受け取りは空港内の店ですることになっている。ちなみに自分の購入したPARLIAMENT Light 100sが1カートンあたり日本では通常3000円で名古屋空港内免税で2000円。それに対して台湾の市内では550NTドル(2200円)、免税では350NTドル(1400円)であることを考えるとかなり安い。
昇恒昌を出発したのが9時半過ぎ。名古屋行きのCX530便が12時出発なので時間的には余り余裕は無い。この日は大粒の雨が降り続いていた上に、中正国際空港まで続く高速道路は途中から渋滞し、のろのろ運転が続く。そんな中、バス車内ではこれが最後と言わんばかりにシルクスカーフや翡翠のネックレスの販売がされていた。自分は買わなかったが、残ったNTドルを使い切ろうと小物を買っている人たちがいた。
相変わらずのろのろ運転は続き、このまま高速道路を走っていたら時間に間に合わないとバスのドライバーは判断したのだろうか。高速道路を諦めて、比較的順調に走ることが出来る一般道路を走行し始める。
一般道路を走って20分程経過すると大きな屋根付き駐車場が目立ち始める。成田空港同様に空港周辺の一般駐車場が、中正国際空港周辺にも多くあるようだ。
中正国際空港
やっとの思いで中正国際空港ターミナルへと到着するが、殆どの旅行参加者たちはバス車内で寝てしまっていたので、道路が混雑していたことも意識している人は少ない。現地ガイドの先導で早速、キャセイ航空のカウンターへと向かう。そのカウンターだが、日本と違って鉄柵で囲まれていない。またトランクの事前X線検査も無いことに非常に驚く。
既にオープンしていたカウンター前で1人ずつボーディングパスが配られる。この時も往路同様、皆バラバラの配席。お互いに席番号を確認し合う。自分は63Fで今回は真ん中の列の右から2席目となり、左右に人が居て非常に窮屈な思いをしそう。自分と比較的席が近かったのは伏見で、機内で付近に座る人が旅行参加者だったらチェンジをお願いすることで決まった。
既にボーディングパスを受け取った自分たちは、このカウンターではトランクなどの機内に持ち込まない大きな荷物を預けることになる。自分の前で荷物を預けたシマは、現地ガイドに頼んでアメリカン航空のマイレージのカウントをして貰うように頼んで貰う。ところがカウンターの地上クルーがこの団体チケットではカウントは出来無いと言う。それを現地ガイドが訳してくれるが、それを聞いて自分とシマは、
『名古屋空港では問題なく、カウントしてくれたよ。』と話すと、
『判った。ちょっと付いてきて。』と荷物を預け終わったシマを何処かに連れて行こうとする。自分も急いで荷物を預け終わると2人を追う。現地ガイドが向かったのは、キャセイ航空のチケットブースだった。ここで現地ガイドは、名古屋空港ではちゃんとカウントをしてくれたことを話して、自分とシマのマイレージのカウントをしてくれるように頼む。早速、自分のボーディングパスとブリティッシュエアウェイズのカードを渡し、その番号を見ながらスタッフが端末で調べ始める。ところが自分のチケットとカードはすぐに戻されてしまう。スタッフ曰く、自分のマイレージカウントは名古屋空港登場の時点で往復分カウントされていたらしい。現地ガイドがボーディングパスを指さして、
『ここに番号が記載されているから、あなたのはちゃんとカウントされていますよ。』と教えてくれる。しかし、シマのカウントは往路しかされておらず、このチケットブースで復路分のマイレージカウントをして貰えることになった。ブースを立ち去る際に、現地ガイドが笑いながら
『普段の行いの良い人はちゃんとカウントされているね。普段の行いが悪い人はカウントがされていないね。』とシマに向かって言っていた。
他の旅行者たちが居るチェックインカウンターへと戻り全員が荷物を預け終わるのを待って、出国審査場へと移動を始める。出国審査場入口はガラス張りになっていて旅行者以外は入場出来ないようになっている。ここで台湾で色々と面倒を見てくれた現地ガイドとお別れ。旅行参加者1人1人が現地ガイドと握手をして出国審査場へと進んで行く。
出国審査を難なく済ませると、CX530便が駐機しているB4ゲートに向かって歩き出す。その途中で台湾市内の昇恒昌で購入したタバコの現物との引換をする。引換所は空港免税店と政府系免税店を少し奥に行った場所にあり、ここで引換書を渡すと商品と交換してくれる。
また現地ガイドが紹興酒を買うならば、空港内免税店で買った方がいいと教えてくれていたので、政府系免税店で売られている紹興酒を1本あたりの値段は220NTドルで購入する。ここ台湾では、タバコや酒類は政府の専売公社が独占販売しているようで、台湾ビールや紹興酒にもその様な記載がされている。
この空港免税店で最後の買い物をしていて結構な時間を要してしまう。これから2時間半ほどはタバコが吸えなくなるので、最後に1本吸っておこうと思っていたら、自分たちと一緒にいた日本から同行していた添乗員に空港スタッフが無線を左手に持って、何やら話しかけている。その会話は聞こえないが、『CX530便に乗るなら急いでゲートへ向かうように。』と言っているように見えた。仕方無しにゲートへと向かうと既に搭乗手続きは始まっていて、ゲート待合室には誰も乗客はいない。
搭乗手続きをしているスタッフに焦りは感じられないが、自分たち以外の旅行参加者たちや他の乗客たちは既に機内にいる様子。こんな時にショーゴがトイレに行きたいと言いだし焦る。先に搭乗してしまおうかと思ったが、仕方無しに待っているとショーゴだけで無く、トイレから清水さんもやって来る。また自分たちがビリだと実感した。
清水さんを含めた5人が揃ったところで、機内へと向かって進み始める。このゲートで自分たちよりも後に機内へ向かってくる人は誰もおらず、このCX530便の搭乗者でも自分たちはビリのようだ。
機内へ進むと往路機材と違うことに気付く。往路は同じB747でも74Jと言われるビジネスシートを90席余りも配置しているのに対して、復路のCX530便では74Bと言われるごく一般的なファースト12席、ビジネス55席、エコノミー322席という配分。自分たちの席の方面に進んでい行くとすぐにエコノミーエリアになるのだが、やはり既に乗客たちは棚に手荷物をしまってシートに座っている。エコノミーの殆どが乗客が座っていたので、結構な混雑である。
中正国際空港→名古屋空港
棚に荷物を入れて席へと座ると間髪おかずに回りの人たちとシートチェンジの交渉に入る。誰が自分たちと同じ旅行参加者なのかは判らなかったが、自分は63Fから63Eに移動し、伏見は62Cから中央ブロック63D通路側席へと移動して隣同士になる。後方を覗いてみると往路同様にシートチェンジして貰ってシマと清水さんは仲良く隣同士に。ショーゴは往路同様にポツンと1人座っている。
定刻通り、12時に中正国際空港を離陸したCX530便は一路名古屋空港へと向かう。機内での時間は2時間半しか無く、クルーたちは尋常な忙しさではない。水平航行に入ると急いで食事と飲み物のサービスを始めなければならない。
この時の食事は、ビーフとチキンからのチョイスだったが往路に比べて食事が美味しくなかったと皆が言っている。確かに味付けが日本人向けでは無かったように感じた。ただ往路でも感じたが、キャセイ航空のスタッフの接客はアジアスタイルで非常に丁寧で好感が持てる。
往路が3時間半かかったのに対して、復路は気流の関係で2時間半と非常に短いフライト。エコノミーシートでもパーソナルテレビが装備されているが、放送されているのは往路と同じようにCNN、ディスカバリーチャンネルなどで映画上映はされていない。
CX530便での昼食の写真はこちら
名古屋空港
本当にあっという間に名古屋空港へと到着。今度はシマも慎重に棚の荷物を確認してから機外へと向かって歩き出す。
比較的混雑していた入国審査の後、バゲッジルームへとエスカレータを使って下る。そこで最初に向かったのは喫煙コーナーだった。荷物がベルトコンベアー上に流れるまでそこで時間を過ごし、荷物が流れ始めると自分たち4人の連係プレーでそれぞれの荷物を早々と取り出すことに成功。
その足で税関に向かう。自分とショーゴは一緒に1台のカートにトランクを乗せて税関を通る。簡単な質問を受けただけで通過して到着ロビーへ。その頃、コージ、シマ、伏見の3人はそれぞれ荷物を持っていたので税関でも時間が掛かってしまっている。その上、コージは税関職員にトランクを開けるように言われてしまい、シマたちの通関はますます遅くなる。後から聞いた話しでは、荷物を開けるように言われたコージの目が泳いでいて、妙に焦っていたらしい。
名古屋空港→名古屋駅→静岡駅
出発時と同様に名古屋空港には、旅行主催者側で手配したチャーターバスが自分たちの到着を待っていた。このバスに乗車して、JR名古屋駅へと向かい、そこから新幹線に乗り継いで静岡へと帰り、今回の招待旅行は終わる。
あとがき
何年振りだろうか、現地ガイド付きの旅行を利用したのは。自分の記憶違いがなければ、友人達と旅行したタイ、バンコクとパタヤ旅行以来だと思う。しかも今回は非常にラッキーなことに、招待旅行だったので意外に大きな出費である日本国内の移動費なども全く考えなくて良かった。
台湾自体はやはり同じ中華系である香港と似ている。繁華街などのゴチャゴチャした街並みや派手なネオンなども似ている。また街自体が決して綺麗とは言えない点も同じだろう。台北市内は道路は非常に整備されているが、そういう意味ではまだまだ整備すべき場所は多いのかも知れない。
台北の見所というのは、本当に限られている。だからどのパッケージツアーに参加しても必ず中正紀念公園、忠烈祠、龍山寺、故宮博物院は回ることになるだろう。そんな中でも、世界的に見ても歴史的価値の高い展示品が多い故宮博物院はゆっくり時間をかけて見たい場所でもある。
食べ物に関しては、やはりパッケージ旅行では、台湾の名物にもなっている小籠包の鼎泰豐、石鍋料理、台湾料理がツアー内に組み込まれていることが多い。今回初めて体験したミニ満漢全席は珍品や高級食材が多く使われていて、本当に驚いた。しかし値段も驚く程高いと言う。
パッケージ旅行では、朝食や昼食付きが結構多いようなので、現地でそれ程お金を使うことはないだろう。カードを持っていくならば、2〜3泊の旅行であれば日本円で20000円もNTドルに換金すれば十分と思う。主要な店では日本円もそのまま通用するから安心出来る。
台湾は空前の日本ブームに沸いている。テレビでは日本のテレビ放送が字幕付きで放送されているし、街を歩いていても日本で聞き慣れた曲を多く耳にする。台湾は第2次世界大戦前は日本統治下にあったこともあり、65歳以上の人たちならばとても綺麗な日本語を話す。困った時は初老の人たちに声を掛けてみると、本省人(台湾人)ならば日本語が話せて助けてくれるかも知れない。
台湾の人たちは政治的に第2次大戦以前から、様々な時には苦しい経験をしてきている。第2次大戦でアジア各国を強制的支配をして来た日本だが、台湾の人たちは比較的日本人に好意的だ。但し、それは大戦後に蒋介石率いる国民党と共に大陸から渡ってきた外省人では無く、元々台湾に住んでいた人たちに限られる。と言うのは、大戦後に国民党支配下になった台湾は日本統治下以上に辛い思いをしてきたという。住民蜂起なども発生して多くの粛正などが繰り返し行われてきたこともあり、李登輝政権になるまでは現在のようなオープンさは無い。しかし、現在の台湾は台湾主導の国家に変わりつつあり、ITブームなどによって経済急成長したことも追い風となり非常に自由で近代的に映った。
今回の旅行では残念ながら実質的な行動日は2日しかなかった。しかも自由行動は滞在3日目の6時間余り。自分たちの足で向かう場所も限られ、かつ現地の庶民の味にも触れることなく終わってしまったが、機会があれば3時間程で行ける場所なのだから、また訪れてみたいと思う。
2002年02月23日作成
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